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東京高等裁判所 昭和53年(ラ)667号 決定

抗告人

矢崎勇

主文

本件抗告を棄却する。

理由

一本件抗告の趣旨及び理由

抗告人の抗告の趣旨は、「原決定を取消し、さらに相当の裁判を求める。」というのであり、抗告の理由は別紙のとおりであるが、その要旨は、次のとおりである。

(1)  債権者(本件競売申立人)は、抗告人に対し、本件不動産につき競売の申立をしない旨口頭で約していたのにもかかわらず、突如本件競売の申立をしたものであり、

(2)  本件競売の申立人である呉甲成は、本件競売の申立の当時既に死亡していたのであるから、本件競売の申立は、何人かが債権者名を詐称して申立に及んだものである。

二当裁判所の判断

1  抗告理由(1)については、抗告人主張の事実を認めるに足りる証拠はない。

2  抗告の理由(2)について

記録によれば、本件競売事件は、申立人(債権者)として呉甲成と表示された申立書が原裁判所に提出、受理されて競売手続が進行したものであるが、呉甲成は、右申立の受理より前の同年三月一七日に死亡したこと、呉甲成には相続人として同人の長男呉清吉ら六名が存在するところ、同年四月二六日に右相続人全員の間で呉甲成の遺産につき遺産分割の協議が成立し、呉甲成の抗告人(債権者)に対する債権関係はすべて呉清吉がこれを右遺産分割により取得したこと、呉清吉は、右債権関係の書類が呉甲成の名義のままになつていたので、同人名義で本件競売の申立に及んだことが認められる。

ところで競売手続など手続の基礎となるべき申立が何人によつてなされたものであるかは可能な限り明確な基準によつて決すべきであることはいうまでもなく、その意味においてまず第一義的には申立人として表示された申立書の記載自体によつて決すべきであることは当然であるが、しかし他方その申立を基礎として手続が進行した場合において、その手続の安定及び経済の要請をも考慮すべきであるから、進行した手続を維持することが、実質当事者を含む競売事件の関係人に対し予想外の不利益を及ぼす等特段の事情がある場合は格別として、これを維持することが右関係人の合理的意思にも合致する場合には、右のような要請をも考慮して当事者を定めるべきであり、単に申立書に申立人として表示された者が既に死亡していたことの一事をもつて、競売手続の取消事由となるとすることは相当でない。

本件についてこれをみるに、前認定の事実からすれば、本件競売の申立書自体からすれば、呉甲成が申立人であり同人が申立当時死亡しているのであるから死者を申立人とするものであるが、同人の本件に関する権利関係は呉清吉に承継され、同人が申立人として行動したものであり、同人を債権者として扱うことは同人の意思に合致していることはいうまでもなく、またそうすることが既に競落許可決定にまで至つている本件の手続の安定並びに訴訟経済の要請に合致することも明らかであり、また、このように解しても抗告人その他の利害関係人がこれにより予想外の不利益を被るなど特段の事情も見当らない(抗告人は、この点について、何人かが債権者名を詐称して申立に及んだ旨主張するのみである。)。したがつて本件競売の申立人は呉清吉であると解するのが相当であり、本件競売手続には抗告人が主張するような違法はない。

3  以上のとおり、抗告理由はいずれも失当であつて、本件記録を検討しても他に原決定を取消すべき事由は見当らない。よつて、本件抗告を棄却することとし、主文のとおり決定する。

(杉本良吉 高木積夫 清野寛甫)

即時抗告の申立理由書、同追加補正〈省略〉

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